公益財団法人 日本吟剣詩舞振興会
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吟詠音楽の基礎知識 2020年12月



〈説明〉

 今回のご質問は、多くの方が疑問に思いながら質問を躊躇していることだと思います。多くの方を代弁してのご質問として真摯にお答えしようと思います。

 最初に大切なことを述べておきます。詩吟に限らず日本の古典に属す歌もの、語り物はビブラートが無くても成り立つということ。音楽全般について、ビブラートは重要な技術であること。この二点を前提に話を進めてゆきます。

 ビブラートは、一定の高さの声(音)を延ばす時、この音程をわずかに上下させる(半音以内)ことにより声の魅力を増し、音響的広がりをもたらすもので、一般的な歌の場合上手に使うと聞き手に心地よい印象を与えます。また音楽ホールなどの空間に声や音を響かせるためにもビブラートは重要な役目を果たしています。音程に変化のない声や音を真っ直ぐに延ばすより、わずかにビブラートをかけた方がホールいっぱいに響き渡るという印象を与えます。大きなホールほど残響効果が大きく、また音程(周波数)によって壁や天井、床などへの反射の仕方、方向、大きさが異なります。そのため、変化のない一定の音程をもった声や音が一定の方向から反射音が聞こえるのに対し、ビブラートをかけた声は、千分の一秒単位で音の反射が変わり、様々な方向から違う音が聞こえてくることになり、立体感が増し、迫力にもつながってきます。

 オペラなど昔からマイクを使わない歌劇では、大きなホールに十分声が響き渡るように、ビブラートを使うことが当たり前になっています。楽器の王様といわれるバイオリン族もビブラートを多用する楽器の一つです。しかし独奏の時には音響的効果があるものの、オーケストラのように大勢で同時に合奏する場合は音程やハーモニーがぼやけてしまい、指揮者によってはビブラートをかけないことを要求する人もいます。

 昔からある日本の楽器にも、音響効果を意識して作られたと思える楽器があります。小鼓と能管です。小鼓は音緒と呼ばれる紐を手で強く握ることによって皮の張りを強くし、音を甲高くすることのできる構造を持っています。つまり握る力加減で高さの違う音を出せるわけです。しかし最も重要な技術は、鼓を打った直後に音緒を操作する技です。打った直後に締めると『ポン⬆︎』と余韻が尻上がりになり、逆に、打つ前に締めていた音緒を、打った直後に緩めると『ポウ⬇︎』と尻下がりになりまったく違った印象を与えます。この技は音響効果にも大きな役割を果たしています。ビブラートの音響効果と同様に短い時間の中で音程が変わるのですから反響音は様々な方向から時間差をもって聞こえてきますので、余り広くない能楽堂でも立体感のある空間を感じさせるのです。

 能管は、外見上、雅楽で使われる竜笛とほとんど同じですが、音色も音階も全く異なります。竜笛がまともな音階を奏でるのに対し、能管は音痴と表現するのが的確な笛です。普通の横笛は同じ運指でオクターブ違いの音程が出るのですが、能管はオクターブ関係はグチャグチャです。おまけに吹き口が大きいので音程が自由自在、つまり音程が定まりにくく、常に蠢いている、言い換えれば常に音程が変化しているわけです。そしてこの音程の変化が音響効果をもたらします。

 ここまでビブラートの役目と効用を説明してきましたが、多くの歌手の中には深く大きなビブラートを使う和田アキ子さんや、全くビブラートを用いない『ブルーライト・ヨコハマ』の石田あゆみさん(古い?)などビブラートの使い方は千差万別です。

 色々な効用のあるビブラートなのに、吟詠など、古典畑の歌では用いないのはなぜでしょう?その理由は、節や声の装飾に『小節』を用いているためです。

 コブシのない詩吟、コブシのない民謡、コブシのない小唄、どれも様になりません。コブシもビブラートも装飾音であるという点では同じですが、ビブラートが半音以内の範囲で音程を上下させるのに対し、コブシは音階の上で動き回るという点が大きくちがいます。
 ビブラートをかけずに吟ずると下手に聞こえるのはコブシがないためです『ノンビブラート』を練習すると同時に、コブシの練習もしなくてはなりません。


 詩吟に不可欠で代表的なコブシは上回しといって、節が下がる時に一瞬上に回してから下がるというコブシです。例えば『シラファー』という節にコブシを入れると、『シラーシラファー』となります。このとき太字の『』『』『ファ』の時に手拍子を打ち小文字の『シラ』の部分ではフワッと重心を浮かせ、素早く通り過ぎなくてはコブシになりません。この要領で高い方から順に練習します。

ミドーミドシー』『ドシードシラー』『シラーシラファー』『ラファーラファミー
ファミーファミドー』『ミドーミドシー』『ドシードシラー』『シラーシラミー


この節をご自分の本数で、『ア』『イ』『ウ』『エ』『オ』『ン』全ての母音で練習しましょう。小文字の個所は1/10秒だと思って、素早く重心をかけずに素通りする感覚で発声しましょう。肝心なのはこの練習を続けられるかどうか……続けられないと役に立ちません。