公益財団法人 日本吟剣詩舞振興会
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吟剣詩舞の衣装を考える 2020年2月

笹川鎮江 二代会長の舞台写真

「吟咏家の衣装」

吟咏、詩吟という芸能の演奏形態は、基本的には従来の古典邦楽の舞台演奏のスタイルを継承していると考えられるのだが、最近この芸能の大衆化を目指すためには「もっと現代の日常性を配慮すべきではないか」という声を開く。
この問題については当然のことでもあり芸能としての「吟詠」とそれにたずさわる吟詠家の演奏時の衣装の関係も無視できない事だと思う。
しかし従来の古典芸能のジャンルの、例えば「能」の謠よ う曲きょくや「歌舞伎」の邦楽(長唄・義太夫など)は、その演奏場所の多くは劇場舞台といった場所柄から“舞台の約束ごと”に拘束されてきたようにも思われる。

(写真:菅原道雄 五代会長の舞台写真)

「舞台衣装は心の晴れ着」

演奏者が“舞台に出る”ということから考えてみると、それは平い つ も 生とは異なって、大変に晴 れがましい公おおやけごと(大勢の人に認められること)であるから、吟咏家自身もその晴れの場所にふさわしい晴の衣装、つまり“晴れ着”をつける必要があると思う。
この晴れ着の考え方は、古くは神様のために芸能を捧げるわざおぎ(俳優)が身体を清め、汚がれのない衣服をまとったと同じように、舞台に出る者には普段とは違った心構えを呼び起こさせる効果かあり、実際に私たちが冠婚葬祭などの儀式に参列する場合なども普段着とは異なる衣装を着ることで気持 の上での緊張感があるように、芸を向上させる大きな要因にもなるので、昔から芸能人は舞台衣装を“晴れ着”として大切に扱ってきた。

「舞台衣装で詩心を活いかす」

さて晴れ着といってもすべてがケバケバしく飾りたてた衣装ではない。
舞台の服装でまず心掛けることは、第一に服装が芸(この場合は吟詠の内容)を邪魔をしないことである。
日本の伝統音楽家たちの多くが、黒紋付きを愛用するのは、演奏者自身は“無”であり“芸”だけが舞台に存在すると云う謙虚さでもあり心意気からである。
とはいえ、もう一つの考え方には積極的に芸を引き立てさせるための衣装の工夫も必要なのである。吟詠の場合は、まず詩の内容や雰囲気を十分に知った 上で、衣装の「色」「柄・模様」「デザイン」を選び、舞台衣装として詩心が活かされるようその効果を考えたい。したがって吟詠家は自分の個性や体形をよく知った上で衣装を選ぶ習慣を身につけたいものである。
日本吟剣詩舞振興会が主催する「吟詠コンクールの審査規定」では衣服については、吟詠芸術の本質である礼節をわきまえた社会人としてのエチケット・マナーに注意を喚起するにとどめているが、コンクールに限定しない一般・普通の吟詠演奏会での衣装の上手な選び方についてを次に考えてみよう。

「ふさわしい舞台衣装」

一般論として上手な舞台衣装の選び方は、一言でいえば“その吟にふさわしいもの”ということになる。特に男性の場合は種類が限られ、和服では黒紋付に袴、洋服でも黒のダブルが圧倒的である。最近は色紋付で、例えば春の吟題に若草色、秋の吟題にブラウン系のものを使って効果を上げる人もいるが、たとえ黒紋付でも襦じ ゅ袢ば んの衿え りの色を工夫することで相当に効果を上げることが出来る。
洋服の場合は黒に限らず、節度をもって、色や柄、またはネクタイを選んで、その吟にふさわしい服装で、独吟や連吟のチームを構成することは、さほどむずかしいことではないと思う。
それに比べて女性の場合は現代は和服が主流だから、その吟にふさわしい、色・柄・模様の着物や帯、そして帶お び締じ めや衿(伊達衿)を選んで組み合せることが出来る。話題が飛躍するが、青年女性の吟者が成人式パターンの衣装で、見た目の美しさが現代吟界を彩いろどっているのは理屈抜きで納得できるであろう。

(写真:色紋付の舞台/野中秀鳳)

「衣装選びのヒント」

次に具体的な衣装(和服)選びのヒントを、曲の種類別に示そう。

●祝儀曲=「祝賀の詞」のような祝意を述べた詩曲の場合、男性は黒紋付に仙台平の袴など、または調和のとれた色無地か縞模様。女性は黒留袖( 江戸棲)か色留袖、または色無地が無難。訪問着や、つけ下げ、若い人なら中振袖もよいが、格調の高い有職文様などの図柄を選ぶ。

●教訓詩・従軍詩=「中庸」「偶成」などの教訓的な詩や、「城山」のように戦いくさを扱った詩を吟じる場合、男性は黒紋付か地味な色紋付。女性は色無地・小紋などのやや地味なもので地色は寒色系(青・紺・紫)やグレー系がよい。

●情景詩・懐古詩・和歌など=作品は数多くあるが、男性は黒または色紋付、また洋服でもなじみやすい。女性の場合は着物の種類に特にこだわらず、色調と模様のあるものは図柄に注意し、色調は作品の季節感によるものと、内容的な色彩感覚、例えば、情熱的とか明朗なものは暖色系(赤・橙・黄)。悲しみ、苦悩、幻想などでは寒色系の色彩を優先させる。図柄については詩心やイメージに合うものを選び、仮にも「寒梅」の吟者が、菊やばらの模様を使うことはない。
さて、次に吟題とは関係ないが、合吟などの衣装を考えてみると、基本的には、“おそろい”による統一感を大切にしていることがわかる。男性の場合は、 ほとんどが黒紋付で、衿は白又はグレーで統一する。洋服で気が付いた事に、胸ポケットの飾りハンカチがばらばらである。女性は、流派そろいの着物を活用するのがまず無難だが、曲目によっては多くの人が持っている結婚式に使った黒の江戸棲などは、裾模様はまちまちだが利用できる。また数人の連吟などでは、吟者の持ち合わせで着物の色や柄を組み合わせた“色ちがい”で舞台効果を上げることも出来るであろう。
さて、今回は吟詠家の舞台衣装について最近指摘されている問題の解決を探ってみたが、次回は近頃の剣舞家の衣装について探ってみよう。

(写真右:若い女性の華美な装い/綿谷未由子)
(写真下:女性大合吟の舞台/岳精流日本吟院三河岳精会)