公益財団法人 日本吟剣詩舞振興会
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吟詠音楽の基礎知識 2020年2月

〈説明〉

男声の場合は一般的にはウラ声になると弱々しく情けない声になるのですぐに分かりますが、中には例外的に、訓練された力強いウラ声を駆使する人もいます。そうです、あの甲高い声で商品説明をする通信販売の有名人です。また、ウラ声で歌う男性歌手もいますが、訓練の度合いの違いか、いかにも男のウラ声と分かる不安定な声と、とても男とは思えないほど洗練されたウラ声の人とがいます。しかしいずれもウラ声であることはすぐに判断できる声です。

ウラ声かオモテ声か判断の難しいのが女声、特に吟詠と民謡です。歌謡曲や、いわゆるポップスなどはウラ声とオモテ声の区別がはっきりとしています。また、伝統的な邦楽の歌い方もウラ声、オモテ声の区別ははっきりとしており、ウラ声とオモテ声の変わり目を強調する歌いかたが普通です。

西洋音楽、とりわけクラッシック音楽では楽器、声ともに音程の上下にかかわらず、一定の音色を保つことにこだわります。尺八は『ロツレチハ』と指を動かすとそれぞれの運指ごとに、あたかも母音が変わるかのように、特徴のある音色が出るようになっていますが、フルートでは『ドレミファ…』と音を変えても音色はほとんど変わりません。尺八の場合運指ごとに内管の形状が大きく変わってしまうのに対し、フルートの場合、本体の肉厚を1ミリメートル以下にし、手孔の直径を極端に大きくして、常に一本の単純な筒となるように工夫しているためです。

声についても、ウラ声を主に用いるソプラノと、オモテ声を主としたアルトに分け、同じ人がウラ声とオモテ声とにまたがらないようにしています。もちろん独唱曲のように広い音域を一人で歌うような場合は別です。

この西洋音楽の声楽の観点から吟詠を観ますと、男声はテノール、女声はアルトと見なすことができると思いますが、元来、欧米人と日本人では体の寸法が違いますので、声帯の長さも日本人は全体的に短く、音程は男女とも高い方へ寄ることになります。

8本、9本の女声の吟を聞いていると「アルト」という感じがしません。甲高く「キンキン響く」というイメージで「アルト」のふくよかな感触はありません。音域が似ていても発声法が違うのだろうと思いますが、決定的な違いは私には分かりません。もちろんすべての八本、九本が「キンキン」しているわけでなく、中には八本とは思えない渋い響きの声もあります。

これらの高い本数の中に時々『ウラ声?』と感じる声があります。良く響いている感じはするのですが、顔の表情が涼しげで、高音の「シ・ド」を発声しているときの雰囲気ではないのです。この話をするといつも思い出すのが、ある蕎そ麦ば屋の主の民謡です。

はるか昔の話ですが、民謡の趣味があるという店主に一曲ねだったところ、『いいよ』と言って、カウンターに片肘を付いたまま、いきなり高音で『ハアー…』と歌い始め、そのプロ級の発声に驚いた記憶があります。ウラ声のようには聞こえなかったのですが、歌っているときの姿勢と涼しげな顔が『ウラ声?』と思わせ、つい『ウラ声なんですか?』と聞いてしまいました。するとやや不機嫌そうに『いやオモテだよ』との答えでしたが、四十年経った今でも『ウラ声だったのでは?』と思えてなりません。それ以来、『男のウラ声にも力強く響く発声法があるのだ』と思い込んでいます。(ユウバ・メソッド?)『オモテ』だったのかもしれませんが……この説明を民謡畑の方が聞いたら…オーやだ!

つまり、私自身百パーセントの自信を持ってウラ声・オモテ声を聞き分けることができないという説明になってしまったわけです。もちろんほとんどの吟を聞いてウラ声が顔を出せば瞬時に自動的に感じますが、それは97パーセント位なのかもしれません。

今もし私の目の前に、私自身が『ウラ』か『オモテ』か判断できない吟者がいたとして、あえて判別しようとするには、『一本ずつ本数を上げて吟じてもらう』方法と『七(ド)から八(ミ)へ裏返ってもらう』方法の二つがあります。一本ずつ上げて途中でひっくり返ればオモテ声で吟じていたことになりますし、本数を上げても十本・十一本・十二本と吟じられるようならウラ声で吟じていたことになります。また、七から八へ明らかに裏返ればオモテ声で吟じていたことになり、裏返らずに七八と発声するようならウラ声で吟じていたという判断になるでしょう。ご質問では複数のサンプルで判断を……とのご要望でしたが、誌上ではどうしようもありません。悪しからず。