公益財団法人 日本吟剣詩舞振興会
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吟詠音楽の基礎知識 2026年8月





 

〈説明〉

回答としては「そのままでよい」と申し上げましたが、このコンクールが一流派のコンクールではなく、複数の会派が参加するコンクールとなりますと難しい問題がいくつかあります。

 伴奏に関する問題です。従来のコンクールがもたらした弊害を考えてみましょう。

 昔、コンクールの伴奏は尺八の生演奏でした、しかしある時、未熟な奏者が本数を間違えるという事態が起き、これをきっかけにCDに録音した尺八の「音程ガイド」が用いられるようになりました。CDに録音されている音は生の尺八なので、全ての本数が四四◯Hzにはなっておらず、微妙な差がありました。これが指摘されますと、コンダクターのメーカーから、電子音による「音程ガイド」が頒布され、しばらくはこれが使われました。この頃はまだ吟の途中に「陽旋律」のコブシを使う人も珍しくありませんでした。この「音程ガイド」はほとんど「ミーーー」だけの時間で「陰音階」を表すのは前奏のみでした。そのため「陽旋法」のコブシがあっても大きな違和感はありませんでした。

 しかし、吟詠の大会をテレビ放映する流れの一環で吟詠コンクールも放映することになりました。そうなりますと「音程ガイド」を一般視聴者に聞かせたくない!という理由で「音楽的な伴奏を」とのことで現在のCD伴奏に至っています。この伴奏は終始陰音階ですから一瞬たりとも陽旋法を声に出すことはできなくなりました。

 ただでさえ絶滅危惧種だった吟詠の中の陽旋法がほぼ絶滅となり吟詠大会の来賓吟詠にも聞かれることが無くなりました。大きな損失です。

 これを教訓に多くの和歌の吟詠スタイルをコンクールに生かそうとすると、何種類ものCD伴奏を用意することになり、実現が難しくなります。たぶん少数派のスタイルは無視され、コンクールの舞台からは消えてしまい、これが原因で少数派の和歌の吟詠が絶滅することでしょう。

 まだ大きな心配があります。

 それは和歌のコンクールにアクセントの審査をもちこむことです。

 現在吟界で吟じられている和歌の大半が古典です。万葉集、古今和歌集からの出典が多いです。和歌の発達はそのほとんどが平安時代に完成されており詠み人のほとんどが関西語で詠んでいます。関西語の語感で言葉を選び、関西語の音感で言葉の順番を決めているのです。本当の意味で原作を味わうためには、当時の詠み人たちの生の声で聴くのが本来ですが、勿論それは叶いません。それでもなるべく当時の発音に近い読み方で古典を味わいたいという動機から、以前、金田一春彦先生を筆頭に「古典を当時の発音で詠む会」が結成され、一線の俳優や声優がこのグループで昔の発音を研究し、発表していました。このようなグループはほかにもいくつかあり現在でも活動しているようです。昔、NHKのFMで金田一先生の番組の中で女優さんが源氏物語の冒頭を、当時はこのように発音していたのでは?と言う朗読をしていたのを聞き、「本当にそうかもしれない!」と驚き感動しました。今でもユーチューブなどでこのような活動をしている方々がいらっしゃいます。ほとんど関西語です。

 さて、この立場から一転して、古典の和歌に現代の共通語のアクセントを当てはめようと考えることの道理は何でしょうか?個人が読む分には自由だと思いますが公のコンクールがこれを強要したら、将来に大きな禍根を残します。合吟の為にアクセントを揃えるのはよいでしょう。しかし、「このアクセントでなければ不可」と断ずることの危険性を認識しなくてはなりません。ただでさえ、和歌には「かけ言葉」が常に用いられ、「いくの」が「行くの」と「生野」を表し「ふみ」が「文」と「踏み」を表したり「みるめ」が人の「見る目」と黒髪を海藻の「海み松る布め」に例えるなど、どちらのアクセントが正しいなどと決められることではありません。まして、「関西語の方が原文に近い」と考える方々にとっては正反対の行いです。

 古典の和歌は古文であり共通語ではありません。

 

 ※こちらの質問は『吟と舞』2022年7月号に寄せられたものです