公益財団法人 日本吟剣詩舞振興会
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吟詠音楽の基礎知識 2026年6月





 

〈説明〉

最初に音階論について説明しなくてはなりませんが、最も大事なことは「音階論を戦わすことはタブーである」ということが世界の常識であることを前提にお話しいたします。

 音楽理論と言えばすぐに「バッハ」を思い浮かべますが、その昔クラッシック音楽では厳格な音楽規則があり、しかも確固たる理論の上に決められたことで、みじんも犯すことのできない厳しい規則でした。この厳格な規則の上に構築されたがゆえに神の音楽とさえ讃えられる「バッハ」の音楽は現代でも崇め賞されています。しかし今日、この規則を逸脱した音楽は数多く、当たり前のように身の回りにあふれています。

 最も顕著に表れているのが和音です。簡単に言ってしまえば、禁則とされた不協和音が現在では当たり前のように積極的に用いられていることです。もともと、クラッシック音楽は教会音楽として始まり、宮廷音楽として発展したものですから、常に清浄で心地よい響きでなくてはなりませんでした。不協和音は不要と言うより厳禁だったのです。

 私が最近になって初めて知ったことで驚いたことが有ります。「交響曲」とはもともと「オペラ」の開演ブザーだった!?ってご存知でしたか?昔の開演ブザーですから、「そろそろ始まりますよー」の「そろそろ」が三・四十分だったのですね。江戸時代の落語が一席一時間以上だったといいますから、ヨーロッパも昔は時間がゆっくり流れていたのでしょう。しかも上流階級の皆様は社交場が仕事場だったのでしょうから。

 つまり「交響曲」は単なる「お知らせ」の音楽であり、具体的に何かを「表現」しようとするものではなかったのです。つまり耳当たりのよい心地よいBGMだったのです。しかし「宮廷楽士」ではなかった一匹狼の「ヴェートーベン」は「交響曲」を「表現」の手段としたため「喜び」や「美しさ」だけでなく「悲しみ」「苦悩」「怒り」などをも表現しようとして、禁則とされた不協和音も沢山使うようになり、後に続く音楽家にも大きな影響を与えました。200年前のことです。

 この古典音楽理論の中に音階の成り立ちを論ずる項目もあり歴史的発祥の理由なども説明されますが、あくまでも教会音楽としての理論と成り立ちであり、ここに民族音楽が登場すると、途端に理論が統計に席を譲る形になり、音楽理論の前にすでに世界中に様々な「音階」が有るという事実が音階論を封じ込めました。

 さて陰音階の話に戻りますが、一昔前までは多くの吟詠家が「陰音階に『レ』は使わない」と信じていました。その為財団のコンクール用の指定前奏に『レ』が使われたとき、多くの人が「詩吟に『レ』は使わない」と言って反発しましたが、それも無理のないことでした。それまで多くの吟詠家が聞きなれていた前奏は「ミファミラシ~ ドシラファミ~」だったのですから、急に前奏の最後が「ドシラファ~ミレミ~」となっては驚くのも当たり前でしょう。しかし邦楽全般では普通に使われている音であり、この使われ方も普通です。また吟界でも琵琶楽から始まった流派や、そこから派生した流派の方にはなじみのある音ですから抵抗なく受け入れた方も多かったと思います。

 また今では絶滅危惧種となってしまった「ファ♯」も一部の流派では普通に使っていますし、以前から陰音階の音楽にも使われています。邦楽一般にもよく使われていますが、誰でもよく知っているのが、「お江戸日本橋」です。中間部の「アレワイサノサ」の「ワ」が「ファ♯」です。吟界では吟じ出しに「四(ファ♯)」を使ったり和歌の本詠に「四(ファ♯)」を使う会派もあります。

 さて和歌の音階ですが、「ミ」や「ファ」で始まる和歌の節は陰音階と言えるでしょうが、低音から「(ミ)ラ~シドミ~」と始まる節は陰音階と言うよりややセンチメンタルで憂鬱な印象が強く「ラシドミファラ」の音階、つまり四七抜よなぬき短音階の印象が強いです。これは例えば童謡「ひな祭り」などに用いられる音階で、終わりは「ラ」です。吟界では陰音階が主流ですので、低音から始まる和歌が短音階であってもそれは最初だけで、すぐに陰音階の節に移行します。ですから一般的には「ミ」で終わるのが普通です。しかし最初の印象を引きずる場合や和歌の内容によっては四七抜き短音階が似合う場合もあるかも知れません。違和感があるか無いかは音楽習慣の違いです。

 詩吟の音階が陰音階に限られていないのと同様、和歌の音階も陰音階でなくてはならないという決まりはありません。テレビドラマの主題曲も「ド」ではなく「シ」や「ソ」で終わる曲もあります。

 決めごとをなるべく単純にしようとする風潮が吟詠界を廃れさせていることは明らかです。多様な吟詠が大手を振ってまかり通る吟界になってほしいものです。

 

 ※こちらの質問は『吟と舞』2022年5月号に寄せられたものです