トップページ



〈説明〉
CD伴奏やカセットテープの伴奏が普及する以前から、吟が長すぎてコンクールが長引き、会場を約束の時間に退出できなくなるという不都合が起き、コンクールに「二分以内」という規定が設けられたのです。二分をオーバーして失格が続出していた頃、コンクールの伴奏は生伴奏か節の無い「音程ガイド」でした。つまり吟の寸法に影響を及ぼさない伴奏の頃から長い吟は沢山吟じられておりましたので一概にCD伴奏が長い為とも言い切れません。しかし現在のコンクールでのことを考えますと、確かに伴奏曲に合わせようとする吟が多いことは否めません。CD伴奏に変わった当時は転句のきっかけの伴奏音などに頓着せず、自由に吟じておりましたので相変わらずタイムオーバーは続いておりました。そして年代が下がってきますと、伴奏曲の起承転結と、吟のそれが合致している方が良いのではと言う認識が広まり、最近では意識的にCD伴奏に吟の寸法を合わせようとする吟者が増えてきました。因みに、財団のコンクールではこのことが審査対象になることはありません(令和四年現在)。しかし合わないよりは合っている方がよいだろうと考えるのは自然なことで、伴奏曲を良く調べて、まるでその人専用の伴奏曲かと思わせるほどよく合わせる人もいます。
また貴方がおっしゃる様に、伴奏に合わせようと、必然性のないロングトーンで間を合わせようとしたり、転句の出だしで伴奏曲のきっかけ音を待つために不自然な沈黙が有ったりなど、CD伴奏のせいで吟が歪んでしまう現象も確かにあります。しかしこれは個人個人が、音楽性に照らしてそれでよいかどうかを判断すべきことで、CD伴奏そのものが否定されるべきことではないと思います。上手な人は違和感なくCD伴奏に合わせて吟じています。
もう一つの問題点である息継ぎのことですが、(図1)に示したように、現在では絶句1題を吟ずる場合、およそ16回の息で吟ずる人がほとんどです。昔はほとんどの場合6回の息で吟じていましたが、その当時は言葉と言葉の間にある節回しが少なくしかも時間が短く、絶句1吟に要する時間は1分20秒から1分30秒位でした。ですから息継ぎの回数も少なくて当然ですが、現在の吟は、節回しが多くなったうえに、同じ節回しでも、昔より節を廻す速さがおそくなっています。例えば高名な木村岳風先生と同じ節回しで吟じても、現代の吟者は10秒以上長くなると思います。それはコブシとして扱われている細かいメロディーが現代の吟者によると、大きな普通の節としてとらえる場合が多いからです。
(図1)において息継ぎの個所を○に番号を入れて表しました。昔の吟者が息を継いだ個所は①③⑥ ⑨⑪⑭でした。しかし時代が下るにつれて節が多くなり複雑になり、吟の時間が徐々に長くなり、息継ぎも多くなってきました。注目すべきは、同じ吟詠家の吟の長さを時代別に比べてみてもやはり長くなってきていました。これは精神性を前面に出していた時代から次第に声と節の時代に変わっていったのだと思います。つまり音楽性が重んじられるように変化してきたと言えるでしょう。しかし、この音楽性は「一声二節(一節二声)」と称されるように、声とコブシのみを重視することで、この期間が長く続き、現在もその風潮がつづいています。
昔の息継ぎ個所は詩吟のメロディーの切れ目です。そしてメロディーは昔も今も変わりません。それ以外の個所は、吟が長くなったため仕方なく息を盗む個所です。つまり五線譜で言えば①③⑥ ⑨⑪⑭は休止符ですから声の途切れは0・5秒から1・5秒位。その他の個所はブレスなのですから声の途切れる時間は一瞬でなくてはなりません。あたかも息継ぎをしていないかのように、文字通り息を盗むわけです。
ここでは基本的なことを申し上げましたが会派ごとに異なる約束事がありましたら、この限りではありません。
※こちらの質問は『吟と舞』2022年4月号に寄せられたものです