公益財団法人 日本吟剣詩舞振興会
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漢詩を紐解く! 2026年1月





城野静軒きのせいけん舟中子規しゅうちゅうしきく」

 京都から舟で淀川を下って大阪へ行く途中、当時の宿駅だった八幡村・山崎村のあたりでホトトギスの声を聞いて詠った詩です。



八幡山崎春欲暮八幡山崎春暮やわたやまざきはるくれんとほっす]
杜鵑啼血落花流杜鵑血とけんちいて落花流らっかながる]
一聲在月一聲水一声いっせいつきり一声は水]
聲裡離人半夜舟声裡せいり離人半夜りじんはんやふね



 〈折しも春が暮れようとするころ、八幡・山崎あたりを通過すると、血を吐くようにホトトギスが啼き、川面には落花が浮かんで流れてゆく。一声は月が啼いたかのように聞こえ、一声は水中から発したようでもある。ホトトギスの声につつまれ、旅人は夜半の舟のなかで、ふる里へと思いをはせる。〉


 ホトトギスの啼き声も、また月も、どちらも望郷の思いを掻き立てる詩語です。ホトトギスは血を吐きながら啼くといわれています。そこで承句で「血に啼く」といい、血に染まったかのような紅い花びらが水に浮かんで流れていきます。


 転句は「一声」を繰り返して句中対になっています。リズムよく、ホトトギスの声が天地に満ちわたります。結句では、転句の「声」と「月」「水」を承けて、「声裡の離人」「夜半の舟」と、やはり句中対にして、天地の間の孤独な「離人」と「半夜」真夜中であることをいいます。転句・結句の句中対によって、また同字の繰り返しによって、軽快なリズムが生まれ、望郷の思いが天地一杯に広がります。「離人」は「故郷から遠く離れている人」で、「離」の一字が効いています。


 ホトトギスは晩春から初夏にかけて飛来し、秋になると南に帰る渡り鳥です。日本では『万葉集』の時代からその鳴き声が称賛され、『古今和歌集』夏歌では、収録歌のほとんどにホトトギスが詠みこまれています。夜に鳴く珍しさと、ふる里や恋人を思い出す鳥として親しまれていたのです。『古今和歌集』の歌を何首か見ましょう。早くホトトギスが来てほしいという、よみ人しらずの歌。


 わがやどの池の藤波ふじなみさきにけり山郭公やまほととぎすいつかきなかむ


 さかんに鳴くようになると、趣向をかえて何が辛くてそれほどひたすら鳴きつづけるのかといぶかったり、人恋しさを詠います。紀貫之きのつらゆきの歌。


五月雨さみだれのそらもとどろに郭公ほととぎすなにをうしとかよただなくらむ


郭公人ほととぎすひとまつ山になくなれば我うちつけにこひまさりけり


 ホトトギスは、漢字では子規しき杜鵑とけん、また郭公、時鳥と書きます。ほかにも杜宇とう杜魄とはく蜀魂しょくこん不如帰ふじょき思帰鳥しきちょう望帝ぼうていなどがあります。昔、蜀を治めた望帝・杜宇が亡くなると子規に姿をかえ、「不如帰(帰るに如かず)」、帰ろうよ、と鳴いたといいます。そこでホトトギスは望郷の思いをさそう鳥として漢詩に詠われます。


 ホトトギスは蜀の国の鳥で、蜀鳥しょくちょうともいいます。啼きはじめのころ蜀を代表する花、躑躅つつじが咲きます。躑躅が真赤なのはホトトギスが血を吐きながら啼き、その血で染まったためといわれています。「血に啼く」とは鋭い鳴き方です。「裂帛れっぱく」ということもあります。絹を裂くような鋭い啼き声です。


 「不如帰」は鳴き声をそれに似た言葉に置き換えた「聞きし」です。日本では「特許許可局トッキョキョカキョク」「テッペンカケタカ」などと言います。何度聴いても、中国の「不如帰ブールーグイ」には聞こえません。違う鳥か、もしくは違う鳴き方をしているときの鳴き声でしょうか。「血に啼く」も「裂帛」も、今日の感覚では「トッキョキョカキョク」とは結びつきません。