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〈説明〉
楽器の調律法には大きく分けて平均律と純正律があります。純正律は和音が正しく気持ちよく響くことを優先した調律で、紀元前3世紀ころアルキメデスが実験により発見、導き出しました。しかしこれには転調や他の曲を演奏するときなど、楽器として不都合なことがあり、和音を犠牲にして便利さを優先した平均律が後から考案されました。しかし、純正律は耳で探り当てることが出来ますが、平均律の場合、平均律の音程算出のための数学や、音程を測定する装置などが無い頃は、平均律の概念はあっても実際に調律の手段が無かったと思います。19世紀に入ってからは測定機による調律もできるようになったと思います。しかしそれでもなお、ピアノの場合は、一つの鍵盤に対して2本か3本の絃が張られているのでそれぞれの絃を微妙にずらすためには、やはり耳が頼りになるはずです。
バッハの曲に平均律の為の曲が有るそうですが、どのように調律したかはわかっていません。モーツアルト、ショパン、リストなどは自分の好みに合わせ、自ら調律したのではないかという説もあります。ショパンのピアノ曲に「24の前奏曲」という曲が有り、24種類の調(12種のキーで長調と短調)でできていますのでまさに平均律が必要な曲です。
現代において、ピアノは一般的に平均律で調絃(調律)されていますが、現実にはオーケストラと共演の場合など、平均律では音程が合わないのです。なぜなら、バイオリン族の多いオーケストラは演奏者が自然と自己の音感覚で純正律の音程を作ってしまうからです。バイオリンは発音中の音程が、弾いていない開放弦にも共鳴して大きな音を発するため、バイオリンはバイオリンの純正律でなければ響きません。また合唱もハーモニーを優先するため、自然と純正律に寄ってしまいます。ピアノは演奏によって音程を変化させることはできませんので、前もって都合のよい調律をするのだと思います。しかし曲中に転調もあるので、この場合完全な純正律に調律するわけではないと思いますが、少なくとも平均律ではないでしょう。
アルキメデスが和音の規則性を見出し『二音間の周波数の比は、単純であるほど心地よく響き、その比率は(表1)のようである』と説いています。この表の単純な比率を最小公倍数に書き直すと右側の数値となり相互の関係を見比べることが出来ます。
(表2)に「ド」を1本(Aイ長調)としたときの周波数を平均律と純正律で比べてみました。きわめて近い数字もありますが、かなり違っているところもありますね。
特筆すべきは純正律での1音差「ドレ」「ファソ」「ラシ」が8対9であるのに対し、同じく1音差である「レミ」「ソラ」が9対10となっている点です。平均律は皆10対11強と狭くなっています。この場合の純正律は長調を基準としていますのでミファの幅とシドの幅が平均律の17対18よりだいぶ広く、15対16(30対32)となっています。因みに陰音階の半音の幅は19対20で、かなり狭くなっています。
元来、陰音階の世界は歌が主体となる音楽ですので、特にファからミヘ収まるときに躊躇するような動きを見せ、限りなくミに近いファを使うことが多く、これは箏・三味線・尺八のいずれにおいても同じ事が言えます。
このように陰音階における「ファ」の音程は「表情の音程」と言われ、低めに使えば暗く深刻に聞こえ、高めになれば明るく開放的に聞こえます。そして極端に高くなれば陽音階や長音階の世界になります。
スイッチ操作のみで本数が変えられる「コンダクター(詩吟トレーナ)」はその発想が筝からきています。箏は筝柱というコマを移動していろいろな音程に調絃するようになっていますが、「平調子」という調絃が陰音階であり「ミラシドミファラシドミファラシ」という音階です。この箏柱の配列を全体的に右へ寄せれば本数が高くなり、左へ寄せれば本数が低くなるのです。一番肝心なことは、本数を上げても下げても演奏方が変わらないという点です。
もう一つがファの音程を低く設定したことです。箏の調絃もファの音程は低めに調絃します。もっとも、現代曲を主に演奏されるグループの皆さんは平均律で調絃される方も多いです。かたや古典畑の皆さんはほとんどがファを低めに調弦します。チュニングメータにも低めのファの位置に印をつけているメーカーもあります。
ここまで純正律を根拠に説明してきましたが、ブッチャケのところ、陰音階におけるミファの音程比は昔からの習慣によるところが大きく、「ファが低い方が気持ちよい!」これが本当の所だと思っていただいて結構です!
難しい説明をお聞きいただき、恐縮です。
※こちらの質問は『吟と舞』2021年12月号に寄せられたものです