公益財団法人 日本吟剣詩舞振興会
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吟詠音楽の基礎知識 2025年11月





 

〈説明〉

具体的な質問ではないので、私が感じたことをそこはかとなく申し上げることになりそうですが、ご寛容ください。

 その方は芸能界でのお仕事とのことですが、一度お話をしてみたいですね。AI(人工知能)審査にお詳しいようですが、技術関係のお仕事でしょうか?

 芸能界の中でも音楽の分野に携わっていらっしゃる方でしたら、いくら吟詠が特殊と思われていても、一般的感性から詩吟を歌としてとらえることはできるでしょう。

 貴方様が何流かは存じ上げませんが、多くの人の心をとらえ、創流にまで至ったご流祖の吟詠の魅力がその方の心にも刺さったのでしょうね。嬉しいことではありませんか?

 その方はAI審査システムの優れた性能を理解されていると同時に、不都合にも気づかれている様子です。本家本元のプロ歌手が歌って多くのファンを喜ばせている一方で、同じ曲を小学生が歌った方が高得点ということに納得がゆかないようです。

 話が大きく逸れますが、同じAIでも囲碁のAI棋士は数年前にはすでにトッププロに勝利して更に実力を更新しているようです。毎年強くなっていくのは、プロ棋士の対戦内容を次々と取り込んでデータを増やしてゆくからです。近年の天気予報が昔に比べ良く当たるようになったのも、百年からのデータをコンピュータ処理できるようになったからです。

 その点、歌をコンピュータで判断させることはずいぶん遅れて発達してきました。それは、音声認識という技術が難しかったからです。音声も電波も波やパルスとしてコンピュータに入力されますが、電波なら1/1000秒で数百もの波を調べることが出来ますからその電波の周波数やその他の性質を調べることが出来ますが、音声となりますと、1/1000秒では数個の波しか調べることが出来ません。まして人間の声ともなりますと、一個か二個の波しか調べられません。これでは周波数つまり音程を知ることが出来ません。しかも歌の音程は1秒のあいだに何度も変化しますので益々難しく、歌っているその瞬時に判断表示するなどは至難の業でした。しかし最近は分析法が変わったのか、ごくわずかな遅れで判断できるようになりましたので、AI審査のコンピュータも信頼性が高くなってきました。コンピュータのカラオケ審査はかなり以前から知られていましたが、以前はAIと言えるほどの性能ではありませんでした。それは審査項目が少なく審査内容も単純だったからでしょう。最近ではコブシ・しゃくり・ビブラートなど、楽譜にはない音の動きも技術ととらえ、減点ではなく加点するなどの機能も備えていますが、さすがに演歌のプロ歌手が用いる溜めと称する技法で楽譜より大きく遅らせることは失敗ととらえ、大きな減点としているようです。

 これがAIカラオケ審査の現状ですが。人間が聞いて良いと思われる歌唱を次々と覚えさせることにより、AI審査の守備範囲がひろくなり、より人間の感覚に近い審査が出来るようになるでしょうし、商業原理からもそうせざるを得ないでしょう。

 もしカラオケの世界がより芸術性を増してきましたら、その時吟詠の審査はどうなっているのでしょう?いまのままでしょうか?詩心の審査も今のままでしょうか?変えるとしたらあくまでも芸術性向上を目指すものでなくてはなりません。これがコンクールの最重要目的だからです。より良い方向への審査規定の変更は吟詠の芸術性向上に結び付くと思います。

 ミュージカルもオペラも、歌い手は詩情表現を優先して音程やリズムを変形させることはあります。もちろんその範囲はルールの内です。詩吟にもかつてはそのような吟法が流行った時期がありました。しかし教授体系が確立されず、高名な吟詠家や指導者の特徴のみを真似する人が多く、元祖とは似て非なる下品な吟が横行してしまい、この風潮を正そうとしてアクセントの導入に踏み切ったというのが一つの理由です。その功績か、怒鳴るような吟は聞かれなくなりましたが、華麗で魅力的な節回しの吟も聞けなくなりました。時々ユーチューブで昔の吟を聞くことが出来ますが、生で、目の前で感動的な吟を聞くことの出来る日がきてほしいものです。

 かつてコンクールの規定を変更したときには大きな決断があったはずです。この時のように、常に吟界の向上を念じ続けなければ地球上から吟声はきえてしまうでしょう。

 

 ※こちらの質問は『吟と舞』2021年10月号に寄せられたものです