公益財団法人 日本吟剣詩舞振興会
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漢詩を紐解く! 2025年8月





林逋りんぽ山園小梅さんえんしょうばい

 梅を詠った千古の絶唱です。二首のうちの第一首。


衆芳搖落獨暄姸衆芳揺落しゅうほうようらくしてひと暄姸けんけん
占盡風情向小園[風情をくして小園にむこう]
疎影橫斜水淸淺疎影横斜そえいおうしゃ水清浅みずせいせん
暗香浮動月黃昏暗香浮動あんこうふどう月黄昏つきこうこん
霜禽欲下先偸眼霜禽下そうきんくだらんとほっしてぬすみ]
粉蝶如知合斷魂粉蝶如ふんちょうもし知らばまさこんつべし]
幸有微吟可相狎さいわい微吟びぎん相狎あいなるべきり]
不須檀板共金尊もちいず檀板だんぱん金尊きんそんとを]



 〈多くの花が散りはてている時、この花だけが爽やかに美しく、小園の風情を独り占めにしている。まばらな枝は横や斜めになって、浅い清らかな水に影を落とし、おぼろな月の光の中を、その香りはどこからともなく漂ってくる。霜を帯びた小鳥は枝に下りたとうとして、そっと目をやり、白い蝶がもしこの花を見つけたなら、きっと驚いて魂が消えてしまうだろう。幸い、私の低く吟ずる声がこの花とよくうちとけ合うので、甲高い檀板を鳴らしたり、金の酒樽の酒を飲んだりする必要はないのだ。〉


 前半は、冬枯れのなかひとり咲く梅が庭の情趣を独占している、その梅は清楚で上品なほのかな香りを漂わせると言います。「暄姸」は、ここでは爽やかで美しいことを言います。「黄昏」は、一般的にはたそがれ・夕暮れを言います。そこで「月黄昏」は夕暮れに月が上ると解釈できますが、ここでは「水清浅」(水が清らかで浅い)とついになっていますので、月が黄色くくらい、つまり月がおぼろなことを言います。


 頸聯の「眼を偸む」は、盗み見ること。好ましい気持ちでそっと見ることを言います。「如」は、もし~なら、と仮定を表します。「断魂」は魂が抜けるほどびっくりすること。「合」は「まさに~べし」と読む、いわゆる再読文字。「~にちがいない」の意です。


尾聯びれんは、清楚な梅の花には微吟がふさわしく、騒々しい楽器や歌唱、美酒を交わす豪華な宴は必要ないと言います。「檀板」は栴檀せんだんの木で作った楽器で、歌をうたいながら叩いて拍子をとります。「金尊」は黄金の酒樽、りっぱな酒樽です。檀板・金尊で豪勢な花見の宴を言います。「共」は、「と」の意。


 林逋(九六七~一〇二八)は宋の時代の人です。杭州(浙江省)西湖のほとり、孤山こざんのふもとに隠棲していました。二十年間町に足を踏み入れることなく、生涯妻帯せず、梅を家のまわりに植えていたといいます。また鶴を飼っていたので、人々は「梅は妻、鶴は子」と言ったといいます。行書にすぐれ、詩も善くしましたが、作るとすぐに捨てたといいます。時の皇帝真宗はその高潔をめでて米や布を賜り、亡くなったとき傷み悲しみ「和靖先生わせいせんせい」のおくりなを賜りました。


 この詩は宋の欧陽脩おうようしゅうが激賞して有名になりました。すると、詩中に「梅」の字が一字も使われていないことから、杏や桃李に置き換えても立派に通用する、と異を唱える人が現れます。これに対して、蘇軾そしょくは、通用することは通用する、が、杏や桃李の方で逃げ出すのではないか(『王直方詩話』)と、梅の高尚な精神が詠われていると反論します。


 さらにげんの時代、方回ほうかいは、杏や桃李の枝は疎ではない、香りはほのかではない、花は密集し、月黄昏・水清浅と関わることがない、横斜浮動の四字は他に換えることができない、と言います(『瀛奎律髄えいけいりつずい』)。


 清の時代、鄭方坤ていほうこんが、頷聯は南唐の江為こういの「影横斜水清浅、香浮動月黃昏」の二字を換えただけだ(『五代詩話』)と指摘すると、どちらが優れているかという優劣論が盛んになります。時の詩人朱彛尊しゅいそんは、はじめ二字を換えただけだからと林逋の詩を冷笑していましたが、顧秀才が梅の絵を描いて「疎影暗香」の処に到ると俄かに梅の精神が現れ、そこで詩における一字の大切さを知った、と言います(「顧秀才の画梅に題す」)。


 林逋が清楚で気品ある梅を詠い得たのは、利欲に恬淡てんたんとした、真の高士だったからです。林逋の詩は、後世、姜夔きょうきツー「疎影」「暗香」をはじめ、明の高啓の「梅花九首」などに大きな影響を与えました。