公益財団法人 日本吟剣詩舞振興会
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吟詠音楽の基礎知識 2024年4月




〈説明〉

 NHK 放送出版協会発行の「日本語 発音 アクセント辞典」をお持ちの方は本文とは別の、231ページにわたる巻末の付録「資料集・解説」の最後の数ページをご覧いただければ「母音の無声化」の規則性と例外の規則性がお分かりいただけると思います。
私が使っておりますのは2009(平成21)年発行のものですが、巻末資料・解説の227ページにその説明が掲載されています。

 お手元にない方のために内容を紹介しましょう。
共通語の母音の無声化(以降アクセント辞典からの引用)「菊」という言葉を自然に発声すると、[㋖ク]の[㋖]の音を、口構えのみを残して、声帯を振動させず、息だけで発音する現象がみられる。これを「母音の無声化」という。
共通語の母音の無声化には次のような法則がある。

Aのタイプは、(キ)(ク)(シ)(ス)(チ)(ツ)(ヒ)(フ)(ピ)(プ)(シュ)などの音が(カ行)(サ行)(タ行)(ハ行)(パ行)の直前にある場合、これら十一音は息の音のみとなります。
例えば、「菊(㋖ク)(平板)」の㋖、「確かめる(タ㋛カメル)(中三高)」の㋛、「学者(ガ㋗シャ)(平板)」の㋗などが息のみの発音となります。

Bのタイプは、上記Aタイプと同じ十一音が言葉の切れ目の直前にきてその音のアクセントが低い場合、これも無声化します。例えば、「秋(ア㋖)(頭高)」の㋖、「烏(カラ㋜)(頭高)」の㋜です。

 このような一般的な決まりの他に次のような無声化の傾向がみられる。
(1)アクセントが低い語頭が(カ)(コ)の場合、次が同じ音で高いアクセントになる場合、語頭の(カ)(コ)は無声化する。例えば「案山子(㋕カシ)(平板)」の㋕、「心(㋙コロ)(中高)」の㋙。(2)アクセントの低い語頭(ハ)(ホ)の次に(ア)又は(オ)の母音を含む音がくるとき、語頭は無声化して㋩、㋭となる。例えば「埃(㋭コリ)(平板)」の㋭、「墓(㋩カ)(平板)」の㋩。

 以上のように、一般的な決まり(A)(B)および(1)(2)の傾向があるが、実際の発音では以上の決まり通りに無声化は起こらない。また、個人によっても差がある。これが共通語の母音の無声化の実態である。

◎母音の無声化の例外
 さきのタイプ(A)、タイプ(B)にはそれぞれ次のような例外がある。

(A)の例外
(1)無声化する音のアクセントが高く、次の音が低いときは無声化しない。
「子孫(シソン)(頭高)」のシ、「8本(ハチホン)(中一高)」のチ。(2)無声化する音が2つ続いた時の一方の音は無声化しない。「聞き方(㋖キカタ)(平板)」の2拍めのキ、「焚き付ける(タキ㋡ケル)(中三高)」のキ、「歴史的(レキ㋛テキ)(中三高)」の2拍めのキ。
(3)無声化する音が3つ以上続くときの真ん中の音は無声化しない。
「聞き捨てる(㋖キ㋜テル)(中3高)」の2拍目のキ、「聞き付ける(㋖キ㋡ケル)(中三高)」の2拍めのキ。

(B)の例外
 無声化する音の次に有声子音(カサタハパヤワ行以外)をもつ音が来るときは無声化しない。例えば、「秋が(アキガ)(頭高)」のキ、「烏は(カラスワ)(頭高)」のス、「そうですね(ソーデスネ)(頭高)」のス。(ここまで アクセント辞典の引用)

 まだまだこの後200文字くらいを費やして例外の説明が続きますが、とても複雑で法則とも思えないくらいの変則性を感じます。全体を俯瞰ふかんしてみますと結局、発音しやすくした結果が母音の無声化なのだと言っても過言ではないような気がします。文章を読むときや日常の会話では大方の人がこの法則で無声母音を使っているのだと思います。地域による言葉の差異から多少の違いはあるでしょうが......。

 しかし、吟詠の立場は少し条件が違います。決定的な不都合が「語尾に来る無声母音」です。「秋」の「キ」、「烏」の「ス」を無声母音にしたら後に続く吟の節が息だけの節、つまり無音になってしまうので、この法則にのっとって吟ずるのは無理というものです。実際に吟じてみればすぐに分かることです。



  ※こちらの質問は『吟と舞』2020年3月号に寄せられたものです