公益財団法人 日本吟剣詩舞振興会
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吟詠音楽の基礎知識 2024年1月





〈説明〉

 ハ長調という表現は省略された言い方です。正確には「ハ音・長音階」または「ハ調・長音階」といいます。
同じようにハ短調は「ハ音・短音階」というのが詳しい言い方です。詩吟の音階も同じように表現するならば、「4本・陰音階」または「ハ音・陰音階」と呼ぶのが正式です。
「4本調子」という言い方は「主音が4本(ハ音)」と言っているだけで何の音階かを表現していません。詩吟の場合は「陰音階」を主体に使っていますので、「4本調子」と言えばおのずと「4本・陰音階」のことを指すので、いつの間にか主音を伝えるのみでも不都合なく、「6本で吟じます!」とか「2本でお願いします!」などの言い方が普通になっているのです。これは長唄の世界でも同じようです。

 このように音階の種類を区別しない習慣が今回のような疑問を生み出しているのです。
(図)をご覧いただけばお分かりのように「4本」と言うだけでは音階は確定されません。4本の長音階と4本の短音階では使われる鍵盤の位置が違いますね? 同様に4本の陰音階もまた更に違った鍵盤を使います。一見複雑な表に見えますが丸印の位置を比べてみてください。

 主音が4本(ハ音)の音階ばかりを並べてありますので、4本の音は全ての音階で使われています。黒丸がその音です。ここからの説明を注意深く読み取ってください。長音階に関しては主音を「ド」と呼び、左の●から右の●へ「ドレミファソラシド」となりますが短音階の主音は「ラ」と呼びます。
つまり左の●から右の●へ「ラシドレミファソラ」と呼ぶのです。このように、音階が変わると「ド」の位置が移動する考え方を「移動ド方式」と言います。音階の種類の如何に関わらず、4本の長音階と同様に常にC(ハ音)を「ド」と呼ぶ方式を「固定ド方式」といい、声を出して譜を読む稽古(ソルフェージュ)に使われます。
この場合、例えば「ド♯」の黒鍵も「ド」と発音しますが、音程は「ド♯」の音程で声を出します。実際の楽曲を歌うとき、途中で転調があったりして臨時記号の「#」や「♭」などが出てくることを考慮すると、おのずと固定ド方式になるのでしょう。しかし音階論の分野では「移動ド」によって考えないと不便なのです。

 (図)に戻って吟詠のハ音・陰音階つまり4本調子の行を見てみましょう。陰音階の場合は主音が「ミ」ですから、●から●ヘ「ミファラシドミ」と呼びます。この場合、「ファ」と「ド」が黒鍵を使うことが分かります。

 白鍵のみで演奏される音階は図の下段に表示しました。ハ長調の他に、「イ短調」と「ホ陰音階」があります。「ホ陰音階」は詩吟の「8本調子」の事です。
●の位置が8本になっています。この二つの音階を見比べてみますと、どちらも白鍵のみによる音階ですから、当然同じ音を用いています。しかし詳しく見てみますと、「ホ陰音階(8本調子)」は「イ短調」に比べると音が少ないことに気付きます。
「イ短調」が●から●までが「ラシドレミファソラ」であるのに対し「ホ陰音階(8本調子)」は音が二つ少なく、「ラシド□ミファ□ラ」しかも主音の位置が異なり「ラ」ではなく「ミ」が主音となっています。つまり「ミファ□ラシド□ミ」となり普段皆さんが使っている詩の階名となります。もちろんこれはもう一つの階名「三 ︐三 五 六七 八」のことでもあります。

 この「四七抜き短音階」と全く同じ音階の形をしているのが「陰音階」です。白鍵の音階の欄で下段の2行を比べてみましょう。
使われている音は全く同じですね! 主音の●の位置が違うだけです。しかし楽曲を聞いた印象はずいぶん違います。「さくら さくら」「平城山」は「陰音階」。「人生劇場」「ひな祭り」は「四七抜き短音階」なのです。

 オーケストラによる詩吟のカラオケが歌謡曲風な印象を与えるのは使用される楽器のせいではなく、作曲の基本が四七抜き短音階であり、主音が「ラ」の前提になっているからです。

 白鍵のみで弾ける音階は上段の陽音階の他、四七抜き長音階と尺八音階がありますが省略しました。

 音楽を聴いた印象の違いと、音階の違いに関心を持ってみると音楽の聴き方が違ってくると思います。



  ※こちらの質問は『吟と舞』2019年12月号に寄せられたものです