公益財団法人 日本吟剣詩舞振興会
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吟詠音楽の基礎知識 2023年7月



〈説明〉

 先日の少壮コンクール決勝大会において、調和審査の結果は次のような得点分布となりました。
20点満点のうち最高点が17点で9人、以下16点9人、15点22人、14点28人、13点19人、12点10人、11点1人、10点1人という結果で、ご質問の貴方は14点でした。
入選された方々は15点以上ですが、16点でも落選された方がいらっしゃいます。また14点以下の方は全員落選でした。
逆に17点の方は全員入選でしたが、これは調和の点数が高かったので他の項目の欠点をカバーしたということではないと思います。アクセントや発声、発音、態度など、あらゆる項目で得点が高かったのだろうと推察します。
つまりコンクールに対する真剣さが勝っていたと考えるのが妥当だと思います。扇子の差し方や手の組み方などは明らかに規定された方法があるのですから、間違えること自体コンクールに対する姿勢を疑われても仕方がないと思います。もちろん、扇子の差し方と吟のうまさとは直接関係無いとは思いますが、少なくとも、入選しようという気持ちが真剣でないことは想像できます。
世の中のコンクールと呼ばれるものの全てに、必ず規定というものがあります。規定がなければコンクールとは呼ばれません。ただの発表会です。規定を全うして初めて競い合いになるのですから、誰でもが容易に通過できる規定を最低限守れなければ、土俵に立つことさえできないと心得ましょう。



 音程に関するご質問なのに、なぜコンクールに対する真剣さについてくどく申し上げるのか、不思議にお思いでしょう?私は、調和の得点点を獲得された方のうち九割の方の真剣さを信じます。逆に14点以下の皆さんのうち、真剣に取り組んでこられた方は三割くらいと想像しています。真剣さによって練習の量、練習の質、練習方法の工夫などさまざまな面で違いが出てくるはずです。
もちろん、審査規定のうちの一項目のみをもって真剣さを評価することが適当でないことは承知しておりますが、審査中に調和以外の点で不備に気付くことが多く、その場合調和の得点もあまり良くない場合がほとんどなのです。ここで申し上げている真剣さというのは吟じているときの様子ではありませんので念のため……。



 音程感覚を育てることに関しては、以前ご説明しましたように、一朝一夕にはできないことですが、これも努力次第です。



 現実にあった例です。朝、目が覚めたら枕もとのコンダクターを最低音から最高音までの往復ピロピロ〜ン・ピロピロ〜ン。出かける間際に靴箱の上でピロピロ〜ン・ピロピロ〜ン。ただいま〜!ピロピロ〜ン。ご馳走様!ピロピロ〜ン。おやすみなさい!ピロピロ〜ン。これを実行して見事に少壮吟士になられた方がいらっしゃいます。
「なるほど!」と思っただけでは何も変わりません!毎日実行できるかどうかが問題なのです。



 稽古事はなんでも回数を重ねることが重要です。音程感覚も同じです。
初めのうちは1⁄2本の違いも感じなかった人が訓練次第で短期間のうちに1⁄5本の狂いが判別できるようになります。音程の判別能力というものは条件によって変わります。一つの音を1秒間聞いて1分後にⅠ⁄5本低い音を聞いても後の音が低いのか高いのかさえ分からないと思いますが、前の音を聞き、1秒後に後の音を聞けばほとんどの人が後の音が低いと分かるはずです。しかし1⁄10本の差ともなりますと、それぞれを一回づつ聞いただけではわからない場合もあると思います。こんな時は二つの音を交互に何度か聞くことで分かるようになります。
しかし、この訓練にはひとつ大きな問題があります。聞き比べるべき二つの音源を何にするかということです。微妙に音程を変えられる音源が必要になります。ギターなどの弦楽器をお持ちの方は二本の絃を使って練習することが出来ますね。ウクレレやヴァイオリンでもできます。またピッチ調整付きのチュニングメータの音程を440ヘルツ以外の音程にずらしてコンダクターの音と聞き比べて練習する方法もあります。



 発声において、音程を安定させるためには目的地のはっきりした発声が大切です。
例えば「夜 河を〜〜過る〜〜」のとき「河を〜」の「を」の伸ばし方によって音程が安定して聞こえたり不安定に聞こえたりするのです。「ヲーー〜〜〜」のように「ヲ」の後に続く大きな節回しの入口に向かって真っすぐ延ばすとき自然と「ヲー」の発声にわずかな連続的変化が起きます。それは次に待ち受ける大きな節回しへの準備ともいえる発声の変化なのです。わずか2秒くらいの事ですが、変化の種類はさまざまです。次第に強くなるか、次第に絞られるか、次第に硬くなるかはそれぞれの場合によって異なるでしょう。また吟者によってもそれぞれの特徴があるでしょう。
最も好ましくない発声は、「どこまで伸ばすのだろう?」と思わせるような目的地の分からない発声です。このような発声は言葉の後の大きな節回しがいつ来るのか、聞き手が予測できない吟じ方ということが出来ます。このような発声は、たいていの場合、音程が不安定です。



 毛筆で漢字の「一」を書くとき、上手な人の横棒は書き終わる前に行き先が分かりますね。勢いも感じます。これは「反り」や「掠れ」の具合から感じることです。それに対し初心者の横棒は「半紙の終わりまで行くのか な?」と思わせるような書き方で、全く違う横棒であることが分かります。
 この例えで多くの方に理解していただけるとありがたいのですが……。

※こちらの質問は『吟と舞』2019年5月号に寄せられたものです