公益財団法人 日本吟剣詩舞振興会
Nippon Ginkenshibu Foundation
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吟詠音楽の基礎知識 2023年3月



〈説明〉

質問をいただいたというより、素晴らしいお話を聞かせていただいたという気がしています。感情移入のみに徹して吟ずるということは別に珍しいことではなく、昔から多くの吟詠家が行ってきたことです。また、今でも全国各地で行われていることでもあります。ただ、公益財団、日吟振に加盟の吟詠家の中では珍しいというだけの話です。もちろん、吟詠力の有無によって、涙を誘うかどうかの違いはあるでしょう。しかしここではっきりと認識しておかなくてはならないのは、アクセントに拘らない吟だから感動を呼び、共通語のアクセントに沿った吟だから感動を呼ばないという方程式はないということです。つまりアクセントが共通語であるかどうかということと、感動を呼ぶかどうかということとは何ら関係のないことだということです。

要点は感情移入があるか無いかです。人によっては感情移入(詩心表現)に集中するため、その他の事には注意を払わなくても自然と共通語のアクセントになってしまう方もいるでしょう?そういう方の吟は詩心豊かでしかも共通語のアクセントであるという、コンクール吟のお手本になるべき吟といえるでしょう。あなたの吟が感動を呼ぶのはアクセントに拘らないからではなく、詩心表現に集中しているからなのです。決してアクセントが北九州型だからではないと思います………多分?……厳密には他の地域での終戦記念式典で吟じてみないと断定的なことは言えないのですが、あなたの吟詠力をもってすれば多分同じ結果になるだろうと思います。


もう一つ理屈っぽいことを申し上げますと、感情移入と詩心表現は同じ意味ではない!ということも確認しておきましょう。感情移入を平たく言い換えると「本人がその気になる」ということです。しかし詩心表現は「詩心が吟声に表れる」ことを意味しますから、残念な場合は「その気になっても詩心を表せない」こともあります。つまり、十分な吟詠技術と十分な感情移入があって初めて詩心が現れるのです。一生懸命感情移入をしても、音程が大幅に狂ったり何を言っているのか分からないような発音だったり、詩文と正反対の声質であったり、極端に他の地域のアクセントや訛りなどがあれば聞き手に詩心は届きません。

吟詠技術も感情移入も訓練によって培われた習慣です。一朝一夕に吟詠技術が完成しないのと同様、感情移入も今日急に思い立ってもできることではありません。普段から詩の内容にこだわり、吟じているときは終始思い入れを続ける。この吟詠方針を長年続けることによって感情移入が習慣化するのです。 (2018年)9月に行われた全国吟詠コンクール決勝大会は久々のハイレベル・コンクールでした。特に一般三部の吟は「もっと聞きたい」と思わせる吟者が次々と登場する、決勝にふさわしい大会でした。一般的な表現を使いますと「味のある吟」でした。昔、舩川利夫先生が我々弟子たちに「味が出てきたという意味は、衰えたという意味の社交辞令だと思え。笑笑」とおっしゃっていましたが、今回の一般三部は良い意味で「味のある銀」でした。一生懸命思い入れをしている様子は感じられないのに、さりげなく詩文の雰囲気を醸し出している吟が多く、音程やアクセントなどさまざまな規定を気にしている様子も感じさせず、伸び伸びと、堂々とした吟詠態度に感服し講評の際もこのことを申し上げました。音程の平均点は他の部に比較するとやや低めと言わざるを得ません、またアクセントに関しても他の部より減点が多かったのかもしれませんが。「もっと聞きたい!」と思わせることはとても貴重であり、注目すべきことだと思います。

質問者の場合、幼少のころからコンクールに挑戦し続け、コンクール規定には恐れるものが無いくらい慣れているものと思いますが、反面、詩心に拘るようになったのは多分大人になってからだろうと推測します。「アクセントを気にせず思い入れに集中した」とのことですが、あなたの場合は無意識でもアクセントはほぼ共通語になっているのでしょう?第三部の皆さんは無意識でも詩文に沿った吟をしてしまう習慣があるのだと見るのが妥当だと思います。昔の吟の風潮を良い意味で引きずってこられたのだと思います。

しかしこの第三部の皆さんも昔は周りの先輩方に倣って一生懸命に感情移入に努力した時期もあったでしょうが、今日その必死さは表に出ません。それは習慣化した吟法だからだと思います。あなたの場合、思い入れに集中するためにあえて他の事項を無視せざるを得ないのは、まだ思い入れが習慣化していないということだと思います。つまり、まだお若いということでしょう?あなたがこれからも感情移入の努力を続けたなら、70歳を超えた頃、コンクールにも通用する吟でありながら詩情豊かな吟を、多くの皆さんに聞かせる立場になっていることでしょう。

そのような吟詠家を多く輩出することは振興会の重要な役目と思います。そのためにも、コンクール以外の吟詠に対してコンクール規定を求めないという態度を明らかに示すことが重要だと思います。一部の少壮吟士OBが舞台出演の際は「コンクール規定を忘れて伸び伸びと自由に吟じる」と言ってました。こういうことを振興会が表立って認めることが吟界の再興に役立つのでは無いでしょうか?
今回はとてもうれしいご質問をいただきました。ありがとうございます。

※こちらの質問は『吟と舞』2018年11月号に寄せられたものです