公益財団法人 日本吟剣詩舞振興会
Nippon Ginkenshibu Foundation
News
English Menu
吟詠音楽の基礎知識 2023年2月



〈説明〉

日本の伝統音楽・芸能と聞くとすぐに思い浮かべるのが、雅楽・歌舞伎・長唄・能楽・浄瑠璃・地歌・筝曲・琵琶楽・落語・講談・浪花節……などですが、これらのほとんどが現在でもマイクを使わずに演じられています。ヨーロッパにおいても、オーケストラ・室内管弦楽・オペラ……なども現在マイクは使わないのが普通です。ここで念のため申し上げておきますが、テレビやラジオの放送をするためにマイクを使うこととは全く別の事ですので勘違いの無きよう!マイクが無くては録音も放送もできません。舞台で使うマイクは一般的には拡声機の一部として使いますが、場合によってはその回路から録音に供する場合もあります。


最近、子供を対象にしたゲームソフトの制作講習会というものを受講してみました。その時にゲストとしてオペラ歌手の女性が子供向けの歌を何曲か歌ってくださいました。途中、子供たちへの質問として「オペラとミュージカルの違いは?」と聞きましたが、子供たちから答えがありませんでしたので、私が「古典と現代?」と言いましたが期待された答えではありませんでした。彼女の答えは「オペラはマイクを使わず、ミュージカルはマイクを使う」でした。そしてこの違いの説明として「オペラの発声は遠くまで通るがミュージカルの発声ではマイクがないと通らない」と自慢げに話していました。

日本の舞台芸術においても楽器の音量や声量が問題となることは確かです。歌舞伎や能舞台で使われる楽器はどれも音量の大きな楽器ばかりです。音量の小さな箏や尺八は使われないのが普通です。また、声についても伝統芸能に関しては基本的にプロといわれる人が歌うことを前提としていますので、マイク無しで通るのが当たり前とされています。おさらい会などで趣味の人たちが舞台に乗ることとは一線を画すわけです。

しかし、音量や声の通りだけで説明できないこともあります。先ほど音量の小さな楽器として例に挙げました箏・尺八や琵琶などもマイクを使いません。音の小さな楽器にもかかわらずマイクを使わない理由はただ一つ。「音質」です。基本的にマイクを通した音は原音とは異なります。その理屈を乗り越えてなんとか原音に限りなく近い音で録音したい、放送したいと努力するのがスタジオの立場です。それに対し、舞台における音響設備の役目は、原音に似た音で、歪ませずに大音量で会場に響かせることです。つまり音量が大事であり、そのためには原音に対する忠実度は犠牲にせざるを得ないのです。この理由をもう少し詳しく説明します。大きな音でスピーカから流すためには、増幅器(アンプ)のボリュームを上げなくてはなりません。しかしスピーカから出た音はマイクにも入り、その音がまた拡大されてスピーカから出ると、またその音がマイクに入り拡大されてスピーカから出るということを繰り返した結果、あの「キーーン」という大音量の「ハウリング」という現象が起きてしまい、舞台演出をぶち壊してしまうのです。

プロの音響屋さんにとって、このハウリングを一瞬でも起こしてしまうと事故扱いとなり失敗の一つとされますので、前もってどのくらいの増幅度まで上げられるかをリハーサルで確かめておくのです。つまりボリュームの限界値を守るわけですから、「尺八の音が小さい‼」と言われても、ボリュームはそれ以上は上げられませんので、マイクの位置を変えるしかありません。マイクに入る音の1万倍がスピーカから出るとすれば、マイクに入る音量が2の時、スピーカーからは2万の音量が出ますが、それでも「小さい‼」と言われた場合、1万倍を1万2千倍にすることはできないのです。それをすると「キーーン」と事故になってしまいますから、1万倍のままマイクに入る音量を2から3に増やすのです。そうすればスピーカーから3万の音量が出ます。

ではどうやってマイクに入る音量を増やすのかというと、マイクを音源に近づけるしかありません。尺八ならば歌口のそばへ近づけます。箏ならば底板にある「サウンドホール」の近くにマイクを近づけます。こうすることで音量はかなり大きくなりますが、尺八は風切り音が激しくなり、箏はやたらに低音が「ボンボン」と響き、全く違った楽器のように聞こえます。仕方なく倍音を調整する機械を通してなんとか聞きやすい音にして妥協するのです。音量のために音質を犠牲にするという意味がお分かりいただけたでしょうか?

箏・三絃・尺八のおさらい会などは基本的に素人の趣味の会ですから、音量も声量も有りませんがマイクは使いません。それが当たり前だと思っているからです。また、マイクがなくてもお客様には普通に聞こえるのです。小さな音・声なので自然と会場が静かになり、咳一つ聞こえません。生の音ですからその人の技量もそのまま音になって現れます。大きい声の人も小さい声の人もそれなりに聞こえます。数年前マイクを使わない企画吟を経験しましたが、その時も会場は静まり返って、声も音もよく聞こえました。

マイクを使わず無伴奏にこだわる会派もありますが、この場合は理由が少し異なるかも知れません。想像するに、マイクを使わないことで会員の発声技術向上を促そうとのことではないでしょうか。使いようでとても便利なマイクですが、上手に使えている人が少ないというのも事実です。
マイクを使わずに発声練習をすることも大事です。但し、声帯を大切に!!