公益財団法人 日本吟剣詩舞振興会
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吟詠音楽の基礎知識 2022年11月



〈説明〉

音楽や音感というものは、持って生まれた資質より、後天的に学習して得ることの方が圧倒的に多いと思います。絶対音感の持ち主と聞くと、あたかも生まれつき12音の音程を身につけているかのように思われがちですが、人間が決めた音程を遺伝的に持って生まれる人などいるはずがありません。百歩譲って、乳幼児のころから音程の違いが分かっているようだと思われる子供がいたとしても、それは胎児のころから優れた演奏を毎日のように聞いていたというような環境があったに違いないのです。



全国的に有名なある女優が若いころ、歌の音程が悪く、周りも本人も苦労したという話がありますが、その音程の悪さは、彼女の自宅にあったピアノを、調律の不備のまま幼いころから使っていたためということが後から分かったのです。「狂った絶対音感」を植え付けられてしまったのです。この場合は不幸なことに、幼いころからの音楽教育が仇となってしまったケースですが、多くの場合は自宅の楽器だけを聞いて育った子供は少なく、たいていの場合、テレビ・ラジオから聞こえてくる音楽で育った人ばかりです。ですから幼いころから音楽に興味があるかないかによって周りからから聞こえてくる音楽の聴き方が違い、興味を持って音楽を聴く子は、大人になったころにはある程度の音感が出来上がっている状態になっているでしょうが、音楽に興味のない子は、周りが音楽であふれていても、あまり影響は受けていないのでしょう。このように大人になった頃には人それぞれ、音感に個人差が出来ているはずです。したがって大人になってから音楽の趣味を持った人は、音感に関して、苦労する人も多いのではないかと思います。

特に歌の類の音楽は、自身で音程を作らなくてはならない音楽ですので、音感の悪さはまともに表れてしまいます。その点、鍵盤楽器はあらかじめ設定された音程以外の音は出ませんので、演奏者の音感とは無関係です。ちなみに尺八やフルート、トロンボーンなどの管楽器やヴァイオリン属、三味線、琵琶などの弦楽器は演奏者の音感がそのまま音程に現れる楽器です。しかし、子供の頃に、音楽に関する趣味を持っていなかったからといって、音感の発達上達をあきらめることはありません。50歳になっても60歳になっても音感に関する訓練は有効です。

音程感覚とは習慣です。先に説明したように、いつも正しい音程を耳にしていればその音程が当たり前になり、それ以外の音程が聞こえると違和感を感じるようになります。「毎日正しい音程を聞く」ことで音感は訓練されます。そしてそれは回数によって確かさが決まります。二人の人が同じ条件で始めたのなら、千回と一万回ではその結果は大きく異なります。「そんなに多くの回数、どんな訓練をするの?」と思われた方も多いと思いますが、その訓練は簡単なことです。コンダクターの音を低音の「ミ」から高音の「ミ」までとその逆、高音の「ミ」から低音の「ミ」までを繰り返し聞くことです。アホらしいと思われる方もあるでしょう。しかし過去に「音程に自信がない」とおっしゃっていた方がこの方法で少壮吟士になったという事実があります。つまりこれはコンダクターによる「詩吟の絶対音感」の訓練なのです。毎日コンダクターで「ミラシドミファラシドミ」「ミドシラファミドシラミ」を繰り返し聴くことをお勧めします。通勤などの移動中にはコンダクターを弾くことは不都合でしょうから、財団出版の吟詠集を聞きながら通勤することもお薦めします。また、発声練習の時も基本の音程だけを聞いて発声するのではなく、音階のそれぞれの音を聞きながら、その音程に合わせて発声することが肝腎です。

どのくらいこの訓練を徹底しなくてはならないかというと、それは人によって異なります。最初に申し上げたように。大人になるまでにどのような音楽活動や音楽環境であったかによって、スタート地点が違うのですから、人それぞれ訓練の厳しさは違います。自分自身があまり良い音楽環境にはいなかったと思える方は人一倍回数を重ねなければならないでしょう。どんな稽古事も回数を積み重ねることは必要で常識です。近年は安楽に趣味を楽しもうとする傾向がありますが、どんな芸事もそれを見たり聞いたりする人が驚いたり感動したりするには、その芸が並ではないと感じるからです。

私事で恐縮ですが、私の妻は筝曲の演奏家でした。子供の頃から歌が好きでよく人前で歌っていたようです。大人になってからはジャズヴォーカルの仕事をしていましたので、音感は良かったのでしょうけど、箏を始めたのは30歳ぐらいからです。一般的に箏は6歳からとよく言われますように、20歳には一人前の演奏ができるというのが常識の世界ですが、彼女は30歳で初心者です。40歳の頃、おさらい会で演奏する曲を繰り返し繰り返し練習していましたので私はつい、「そんなに練習しなければならないの?」と聞きました。答えは「千回弾く!」でした。私も若い頃は人よりも練習した方だと思いますが、同じ曲を千回練習したことはありませんでしたので驚きました。更に「私の先生は三千回弾いたって!」と聞いてなおびっくりしました。二分の詩吟を千回吟じるのも大変なことですが、八分の曲を千回と聞いて気が遠くなりました。しかしご本人は「今三百回だけど、まだ六カ月あるから間に合いそう」と言って結局千三百回弾きました。
稽古事は多かれ少なかれ回数をこなすのが常識です。効率の悪い稽古は改める必要があると思いますが、回数を重ねるという方法はいつも同じだと思います。

もう一つ、言い忘れるところでした。ご質問の中で、普段「音程が違う」とは言われないとのことでしたので、「本番に弱い」という面があるのかな?とも思えます。本番に強い人は「自分が一番」と思える人と「諦め」のよい人です。
「諦め」も訓練しましょう。

※こちらの質問は『吟と舞』2018年9月号に寄せられたものです