公益財団法人 日本吟剣詩舞振興会
Nippon Ginkenshibu Foundation
News
English Menu
吟詠音楽の基礎知識 2020年9月



〈説明〉

 独吟の技量の低い人が35人集まっても上位の成績は取れません。

 『個人の技量はそこそこでも合吟なら上位の成績を取れる』と勘違いしている指導者が多いようです。逆のことを考えてみましょう。例えば最近十年以内に独吟コンクールでメダルを獲得したことのある人を35人集められたとしましょう。私の想像では、コンクールの一カ月前から四回練習すれば上位入賞は間違いないと思います。非現実的な話ですが、当たり前の話でもあります。

 『音程が正確』であることは個人の技量ですから、合吟の練習とは別に訓練することです。しかし音程の不確かな人が多ければ合吟の練習になりません。指導者がこのことに気付かないと、無駄な合吟の練習を続けることになります。音程の不安定な人が多ければ、個人の練習にも力を入れなくてはなりません。

 合吟の練習の場における音程の訓練といえば、『全員の音程をそろえる』ことです。ここで大事なことは、音程の確かな人が二人同時に吟じてもお互いの声が聞こえなければ音程は合わないという現実です。実際にはどのような練習をするかというと、先導者の両脇の人が先導の音程に合わせて発声します。その外側の人は先導側の人に合わせ、その外側の人も同じように内側の人に合わせる。こうすると原理的には全員が先導者と同じ音程で吟じることができることになりますが、現実はなかなかうまくいきません。それは内側の吟者の声を聞いていない人がいるからです。このように、すぐ隣の人の声も聞けない人は、伴奏の音楽も聞いていません。その結果、先導の音程からかなりズレた音程で吟ずることになり、外側の人に悪影響を与えます。

 ここでもう一度念を押しますが、音程の正確な吟者同士でも、お互いの声を聞きながら吟じないと音程は同じにならない。ということの真意を詳しく説明します。

 木の板にコンパスを使って直径10センチの円を35個書きます。この円形に沿って糸鋸で切り抜きますと35個の円盤ができます。この円盤を積み重ねると直径10センチの円柱になりますが、この円柱の側面に手を触れた時、お茶筒のように滑らかな手触りになるだろうと想像する人はいないはずです。正確に切り抜いたつもりでもほんのわずかな違いがあるものです。この円柱の側面をヤスリなどで念入りに磨くことで初めてお茶筒のように滑らかな手触りになるのです。

 合吟の音程も同じことで、『大体正確』な音程の吟者が35人集まると、合吟の吟声は霞がかかったようになり、輪郭がぼやけます。『大体適当』な音程の吟者が35人集まると右端と左端の吟者の音程が明らかに違って聞こえます。前述のように中央に音程を合わせる訓練を徹底すると、35人が10人位に聞こえ、声は中央から聞こえます。35人が50人、100人に聞こえるのは左右から違った音程が聞こえ、ステレオ効果が起きてしまう為であり、決して迫力があるという訳ではないのです。この点は審査する側も注意しなくてはなりません。 『音程をそろえる』という意味がお分かり頂けたと思いますが、他にもそろえなくては点の取れないことがあります。

 『吟節の頭尾をそろえる』ことです。各吟節の出だしをそろえるために、その前の吟節の終わりの個所で、最後に残った人の声が切れるのをきっかけに次の出だしを決めているという合吟が多いようですが、これでは上位は望めません。絶句の場合、長く尾を引く吟じ方は基本的に承句の最後だけですから、最後まで声を延ばしている人を待つのはここだけのはず。それ以外の個所は基本的には止める個所ばかりなので、一部の人の声を待つということは有り得ないのです。止め方をはっきり決めておかないので間延びするのですから止めは重要な技術であり、これが徹底できれば間延びすることなくの吟節の出だしも難なくそろうはずです。

 『十分な声量』も大きな要点です。声が大きいというだけでも得点になりますが、大きさばかりにこだわると、響きの貧しい濁声となり品が損なわれます。

 『先導者の技量』も得点を大きく左右する要因です。出だしの失敗がそのまま得点に影響するだけでなく、先導に続く全員の吟にまで影響を及ぼすので責任重大です。 しかし、あまり責任感の強い人は向いていないと思います。重圧で失敗の恐れ大です。失敗しても『ワリー、ワリー』と笑いながら頭をかく人が向いているでしょう。