公益財団法人 日本吟剣詩舞振興会
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吟詠音楽の基礎知識 2020年7月





〈説明〉

 この論理の大前提として、「極めて吟じなれた本数があり、それ以外の本数ではほとんど吟じない」場合の話であることを申し上げなくてはなりません。

 普段吟詠の指導をすることの多い方は、色々の本数で指導することになり、色々の本数で吟じることにもなるでしょう。その結果、あらゆる本数にある程度の慣れが備わり、特に苦手な本数がなくなるので、このたびの話題は無用かもしれませんが、音階に関する知識として一緒に考えてみましょう。

 音楽全般について言えることですが、一曲の途中で本数が変わることを転調といいますが、この転調の仕方には決まりがあります。(25年9月号参照)





 音階の柱となる『ミ・ラ・シ』のうちどれかの音が転調後にも柱の音になるような変化をするのが昔からの転調です。[図1]参照。

 [図1]は元の本数から7本下がる(5本上がる)場合と7本上がる(5本下がる) 場合の音階を比較しています。実感のため、Aを8本とすると上段が1本で下段が3本となり、かりやすくなると思います。上段の1本と、中段の8本の音階を比べてみますと、1本「シとミ」が8本の「ミとラ」になり、柱となる三つのうち二つが共通の音であり、また同じように中段の8本と下段の3本を見比べると、8本の「シとミ」が3本の「ミとラ」になり、同様に柱となる二つの音が共通であることが分かります。このように三つの柱のうち二つが共通音となる音階を『関係調』といい、互いに転調する時の相手となります。つまり1本から8本へ、8本から1本へ転調したり、8本から3本へ、3本から8本へ転調することが、音楽一般では普通に行われます。詩吟でもまれに行われます。しかし中段を飛び越えて1本から3本へ、あるいは3本から1本へ転調することは前者より少ないのです。[図2]がその場合です。中段を3本とすると上段から順に1.3.5本となります。共通する柱の音は1本の「シ」が3本の「ラ」であることが分かりますが、関係調とはちがい、共通する柱の音数は二つではなく一つです。つまりこの2本違いの関係は5本違いや7本違いの関係よりも『薄い関係』と言えます。とはいっても、歌謡曲などでは最終メロディーから2本高くなる転調がよく行われ、気分を高揚させていよいよ最終であることを暗示することが行われます。 2本高くなっても曲として途切れないのは、共通音に柱となる音があるためです。

 ここでようやく、質問の内容に戻ります。[図2]は2本違いの音階を比較したもので[図3]は1本違いの音階を比較したものです。[図2]の2本違いの場合は、柱となる音に共通音があるので無意識のうちに、発声し慣れた「ラ」の音を「シ」として発声することができ、比較的安定した発声ができますが、[図3]の1本違いでは『ミ・ラ・シ』のどれもが重なることなく、発声し慣れた声を生かすことができず、不安定な発声に終始することになり、音程も狂うことになります。『ド・ファ』は表情の音、変化する音で、音階の柱としての機能はありません。

 先日、NHKのスタジオで吟詠の収録がありました。 例年、冬になると声の不調を訴える方が多く、この日も2~3人の方が本数を下げて吟じました。そのうちのお一人が風邪で声が出ないとのことで、2本下げて吟じました。難なく吟じられたので1本戻して、つまり本来の本数より1本下げて吟じてもらいましたが、全く不安定なため、結局、2本下げたものを採用しました。

 1本下げること、誰しもが苦手なわけではありません。最初に申し上げたように、普段から色々な本数で吟じている方は何の問題もなく吟じられるわけですから、今まで述べた説明は全て不要のことです。吟の完成度を考慮しますと、すべての本数を練習するわけにもいきません。私がいつも提唱している『3種の本数』をご自身の本数とし、吟題によって決めたり、その日の声の状態で決めたりできるようにしておくことが一番だと思います。

 『水1・1・2本』『5・6・7本』……あなたは、何本?